逃げ上手の若君に登場する護良親王は後醍醐天皇の息子で文武両道を極めた頼れる皇子のはず。
ところが後醍醐天皇は息子よりも足利尊氏を信用してしまい、あっさりと捕縛され幽閉されてしまったのです。
護良親王の幽閉は解除されないまま最期は死亡してしまいました。
最期の死亡シーンと護良親王はなぜ殺されたのかについてもまとめました。
逃げ上手の若君:護良親王の最期は死亡!
WJ本誌で掲載している
— 『逃げ上手の若君』(松井優征作品)公式 (@ansatsu_k) February 2, 2024
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今回はコミックス第2巻に収録されている
護良親王の活躍❗️
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護良親王は後醍醐天皇に代わって鎌倉幕府打倒の指揮を取った人ですが、最期は足利直義の郎党によって殺されてしまいます。
後醍醐天皇は護良親王より足利尊氏を信じる
長期にわたって鎌倉幕府に抑圧されていた朝廷にとって足利尊氏(高氏)は英雄的存在。
当時高氏と名乗っていましたが、その功績を称えられ後醍醐天皇の名前「尊治」から一字を与えられ「尊氏」となりました。
尊氏の笑顔やたたずまいを見た帝と公家は尊氏のカリスマ性にあてられてしまい、苦楽を共にした息子よりも尊氏を信用してしまいます。
護良親王は尊氏排除を試みるが失敗
足利尊氏を信用していなかったのは護良親王です。
護良親王は倒幕の功労者として征夷大将軍に就任していました。
文武に長けている護良親王は、足利尊氏がいつか必ず帝を背き謀反すると読んでいたのです。
帝のために自ら手を下し尊氏を殺害しようとしたのですが失敗。
駆けつけた部下(仲間)たちは皆、尊氏の方へ駆け寄り護良親王の味方に付く人はいませんでした。
征夷大将軍解任後に幽閉される
#逃げ上手の若君
— 『逃げ上手の若君』(松井優征作品)公式 (@ansatsu_k) August 4, 2023
本日のトレーディングカード画像は
護良親王幽閉❗️
鎌倉幕府滅亡後
尊氏と対立していた
護良親王。
最後には謀反の罪で
捕らえられ、鎌倉の地に
幽閉される‼️#逃げ若 pic.twitter.com/iLOLJICrWW
護良親王は尊氏と争ったことで征夷大将軍をたった2か月で解任されました。
後醍醐天皇は息子よりも出会ったばかりの尊氏に惹かれてしまったのです。
護良親王は謀反の罪をでっちあげられ、そのまま鎌倉に幽閉されてしまいました。
時行が鎌倉奪還
時行が1回目の鎌倉を奪還したとき、直義は鎌倉にいる兵や足利の家族、官僚たちを避難させました。
残っているのは幽閉中の護良親王だけ。
直義は鎌倉陥落が迫った場合の護良親王の処遇を尊氏に相談していました。
尊氏の返事は「万事よろしく」とのこと。尊氏がこの言葉を口に出すとき、尊氏の意思は既に決定しているのだとか。
護良親王いわく、最初から乱が起きたときにどさくさに紛れて殺す気だろうとのことでした。
護良親王の最期は幽閉されたまま殺害
鎌倉陥落が確定したので、直義は護良親王のお世話係である淵辺に指示を出しました。
陥落の場合護良親王を殺すという手筈は整えられていたのです。
淵辺は鎧武者を引き連れて護良親王の元へ向かい護良親王の胸を一突き!
護良親王の最期は「見苦しく足掻くまい この護良は誇り高き後醍醐帝の子だ」という潔い殺されっぷりでした。
そして最後の最後まで尊氏に天下を取られる帝を心配し力尽きてしまいました。
史実の護良親王もやはり尊氏と対立し幽閉され暗殺されています。
逃げ上手の若君:護良親王はなぜ殺された?
護良親王ネチネチ嫌味を言いながらが誅殺される描写
— 坂之上 田村麻呂 (@sakanoue2758) April 5, 2024
これは当アカウントが逃げ上手の若君でとても気に入ってるシーンでもあります#逃げ上手の若君 pic.twitter.com/SM0f2mAqwO
護良親王が殺されたのは、足利が天下を取るのに邪魔だったからです。
護良親王は足利最大の政敵
元々護良親王は足利にとって最大の政敵です。
後醍醐天皇の息子ですし、切れ者ですし、武の方も秀でています。
そして何より護良親王は尊氏を信用しておらず、本性を見抜き暗殺しようとしていました。
幽閉を解いてしまったら、また足利の天下取りが遠のいてしまいますので殺したのでしょう。
鎌倉陥落で護良親王が用いられる
直義が尊氏に護良親王の処遇を相談した際、尊氏は「護良親王は英傑の器 籠から出て機を掴めば太陽ともなれるお方」と言っています。
幽閉を解いて京へ逃がせば、北条に敗れた足利に失望した帝は再び護良親王を用いることになるでしょう。
天下取りが後醍醐天皇と尊氏、そして護良親王となると、尊氏にとって護良親王は不要。
結局のところ、護良親王は足利にとって邪魔ということになりますね。
時行が護良親王を保護すると新生鎌倉幕府へ
足利尊氏は、北条軍と戦いながら後醍醐天皇にも謀反しようと思っていました。
今のところ後醍醐天皇は尊氏を信頼していますが、時行が護良親王を保護し鎌倉将軍として担ぎ出せば「新生鎌倉幕府」に強力な正当性を与えてしまうことになります。
そうなればやはり足利尊氏が天下を取るのはかなり難しくなります。
北条軍に負けた時点で護良親王の処遇は殺害しかなかったのでしょう。
まとめ:逃げ上手の若君・護良親王の最期は死亡!なぜ殺されたのかについても
#逃げ上手の若君
— 『逃げ上手の若君』(松井優征作品)公式 (@ansatsu_k) April 7, 2023
本日のトレーディングカード画像は
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- 護良親王は後醍醐天皇の息子で利発なだけじゃなく武芸兵法まで極めた皇子
- 尊氏の危険性を見抜いた護良親王は足利尊氏を暗殺しようとするが失敗
- 征夷大将軍を解任され鎌倉に幽閉されてしまう
- 直義が北条軍に敗れ鎌倉を陥落した際、護良親王は直義の部下淵辺に殺された
- 護良親王を殺さなければ尊氏が天下を取るには難しくなるため邪魔だった
逃げ上手の若君死亡キャラ一覧まとめ!順番や死因についても